生きる、幸子 (1) · 11月 01日, 2018年
「キャンドル」はそれなりに繁盛した。が、東京に出て行った息子は戻って来なかった。仕送りを続けた幸子はやがて、息子が結婚したことを知らされた。ほそぼそと続けたキャンドルの灯が、まもなく消えようとしている、と彼女は思った。根無し草のように、ただ水中を漂っているだけだった。彼女には何も残らなかった。...
生きる、幸子 (1) · 9月 28日, 2018年
幸子は北九州の片田舎で生まれ育った。無学な両親は炭鉱で働き、7人家族を養っていた。祖母と兄2人と、幸子、その下に妹が1人。6畳一間、便所も風呂も共同だった。幸子はこの汚い環境からいつかは逃げ出して、蝶のようにはばたきたいと、もの心がつくようになってからずっと考えていた。中学を卒業すると、進学はせずにすぐに家をでた。北九州の町の中は、炭鉱で働く鉱夫が多く、飲食街は驚くほど賑わっていた。中卒の幸子が働く場所と言ったらそこ以外はなかった。18歳だと偽って、「黒アゲハ」という店に住み込んだ。蝶の名がついた店が気に入っていた。 若くて美人の幸子はすぐに評判を呼んで、その店の看板の売れっ子ホステスになった。黒ダイヤで荒稼ぎした男どもが毎晩湯水のように金を使い、幸子の指名はひっきりなしだった。。来る日も来る日も男たちに囲まれて、いつしか彼女はまるで、働き蜂に守られた女王バチのようになっていった。肌もあらわに、ミニスカートに10センチもあるピンヒールを履き、店内の煌めくシャンデリアの下をかいがいしく行き来して愛想をふりまくと、ストッキングのガータ留めにも、胸元にも、万札が押し込まれた。日中は毎日誰かれとなく連れ出され、競艇やダンスや高級レストランで食事をし、そのまま同伴出勤をすると、まるで華麗な蝶のように栄華を極めるようになった。 一方で、彼女の行く末を心配した兄が、なんども自宅へ連れ戻そうとしたが、炭鉱町の貧乏な暮らしには辟易していた幸子は、兄の説得にも鼻でせせらわらって、応じなかった。やがて、祖母が逝き、両親は病み次々と他界していった。そして、失意のどん底を味わうことになるとは、その時は思いもよらなかった。 炭鉱はやがて閉山し、兄弟たちはばらばらになった。ある日、彼女のもとに1通の速達が届いた。獄中の長兄からだった。あるとき、幼い妹が身売りされるのを拒んだ彼は、大げんかの末、相手を半殺しの目に合わせたのだ。 障害者となってしまった相手への生涯の保障として賠償金と慰謝料は驚くほど高く、次兄や幼い妹の面倒まで、17歳の幸子の肩に重くのしかかった。 今まで以上に、男たちを手玉に取り彼女は働いた。「黒アゲハ」は繁盛していたが、業界の妬みを買っていた。 売春や買春が横行し、真っ先にやり玉に挙げられたオーナーはついに捕まってしまった。当然ながら、年齢を偽って働いていた幸子も捕まり、店を辞めざるを得なくなった。
生きる、幸子 (1) · 9月 26日, 2018年
幸せな女だと、幸子は言った。白馬の王子さまが現れて、いつか蝶のように華麗に飛びたつのが夢だったけれど。