· 

隣の三毛

【幸せな生活保護者】

 凶暴かつギャンブル好きの夫から、わずかな年金をも肩代わりに借金を負わされた亜希子は、銀行に抑えられて、結局2年先まで自分の口座には入金ができないことになった。市役所としては生活保護費の支給金額はおよそ10万円、その金額から受け取るはずの年金4万円を差し引いた金額6万円を支払うはずであった。本来なら借金のある人間に支給しないのが原則である。しかし、亜希子の知らない間に作った夫の借金の肩代わり返済が完了するまで、全額を支給するという、温情を受けることになった。その担当者は、年金が振り込まれていた銀行に自ら赴き、それらの手続きに疎い亜希子の代わりにひと肌ぬいでくれたのだった。

 一方、年金詐欺ともいえる行為を平気でやってのけた夫は、亜希子名義の借金を全額支払ってくれるなら、離婚調停に応じ、離婚届に印鑑を押すと、調停員に主張した。あきれはてた調停員も、亜希子に、その条件で納得し、早期に離婚をした方がよいと思ったらしい。かくして、調停に2か月、生活保護者に認定されるまで3ヶ月、初めての受給までに約5か月を要した。

 亜希子は、ワンルームマンションで、幸せに暮らしている。朝から晩まで、働きづめで、「金がない、金がない、金をどこかで借りてこい。外で働け、お前の病気のせいで金がないと責め立てられ、初診料がもったいないからと病院にも行かせてもらえなかった苦痛の日々、事故で障害者になった娘を抱えて、我慢の連続だった長い長い地獄の結婚生活から解放されて、今初めて生きがいを感じている。

亜希子の黒かった髪の毛もこの数年で急に真っ白になってしまっていた。くる病のように曲がった背中は激痛のためけして上向きに寝ることはできない。歳を取り、病気も進んで、残された時間は短い。それでも、彼女に笑顔が戻った。一つだけ、気になるのは連絡を絶ったままの娘たちのこと、次女の生んだ孫のこと。突然いなくなった祖母を恋しがってはいないだろうか、と。

 今年、8月、兄夫婦から連絡を受けた次女が、5年ぶりに母親を訪ねてきた。家を出たとき、小学校1年だった孫はこの春中学校に進学したそうだ。彼女は、今、幸せである。                   おわり