· 

隣の三毛 エピソード2

 2018年の元旦は久々に晴れていた。初詣にと車で一時間ほど走ると、全国でも有名な宇佐神宮がある。しかし駐車場までたどり着くのにまたまた1時間はかかるという、混雑だった。国道10号線をはずれて、裏道にはいる。

やはり、大渋滞で、山門まで1キロも歩く羽目になった。僕は新調したばかりのスーツを着て、舗装されていない田舎道を砂埃を気にしながら歩いた。そして、途中で、またもや携帯電話がなりだした。 時子だった。

「おめでとうございます。どうぞ今年もよろしく」晴れ晴れとした声で挨拶をしたのだが、 電話の向こうで「ぽんたさん、いまどこですか」という元気のない声。いま、初詣に来て車を降りたばっかりだというと、「いつ帰るのですか」とたたみかけるが、やはり尋常でない声。

「どうしたんですか。あと2時間位でもどりますが、あなたはいまどこですか」すると、申し訳なさそうな声で、「今からお宅に伺ってもいいですか」という。1月1日午前11時。主婦なら一番忙しい時間を、いったいどうしたんだろう。僕は参拝もそこそこに慌てて帰宅すると、時子は玄関前で待っていた。着の身着のままといった様子。

 「実は、昨年の12月20日に家を飛び出して、娘の嫁ぎ先にやっかいになっている、さすがに娘たちは一旦自宅に戻れというが、どうしても帰りたくない。娘のところにも居づらくなったので、しばらく置いてほしい」というのだ。それ以上は話したくないようだったので、とりあえず、今夜はゆっくりしてもらうことにした。

 彼女の顔は青ざめ、昨年夏に会った時よりずいぶんと痩せて見えた。夫婦喧嘩は犬も食わぬというが、もっと深刻そうだ。

 とくに正月料理も用意していなかったので、その日は近くの寿司屋に行き、ビールを1本注文して二人で飲んだ。

彼女は、落ち着くと家出のいきさつを語り始めた。

 20代で縁あって商家に嫁いだ。それからおよそ半世紀が経ち、今年銀婚式を迎えることになっていた。しかし、連れあいは「老いらくの恋」に狂い、仕事も家庭も顧みず、居直って暴力をふるいだした。不適切な関係が明るみに出たあと、ばつが悪くなった夫は逆上して妻の首を絞めたので、彼女は裸足で家を飛び出し、恐ろしくて警察に通報したのだという。

 携帯電話のGPS機能はすぐに彼女の居場所をつきとめ、警察はすぐにやってきた。事情を話すと、家まで行き、夫をパトカーに乗せ、署まで連行したのである。彼女も当然呼ばれた。「奥さん、訴えますか。訴えるなら、そのまま暴力と、殺人未遂の現行犯で逮捕します。」明日の朝刊には逮捕された夫の記事が載るという、子供たちのことを考えると「お願いします」とは言えなかった。

すると、警官は夫に対し、半径2メートル以内には奥さんに近寄ってはいけないと、警告した。そして、時子には今夜は自宅に戻らず、このままどこか、娘さんの家にでも行きなさい、とアドバイスをした。彼女は自分の車にのって、そのままS市の娘宅へ向かった。娘は母親の言い分い納得し、離婚を勧めたが、義理の息子は「家族で話し合いの場を持とう」と提案した。

 時子は長年連れ添った夫から裏切られたショックと首を絞められた恐怖で、どうしても家に帰りたくなかったのだ。二度と夫の顔を見たくなかった。                          つづく