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隣の三毛

 「キャンドル」はそれなりに繁盛した。が、東京に出て行った息子は戻って来なかった。仕送りを続けた幸子はやがて、息子が結婚したことを知らされた。ほそぼそと続けたキャンドルの灯が、まもなく消えようとしている、と彼女は思った。根無し草のように、ただ水中を漂っているだけだった。彼女には何も残らなかった。

 そんな折、兄夫婦の経営する理容院が潰れたと聞いた。彼女は思い切って、宮崎を出ることした。兄夫婦の助けになりたかったのだ。40年の歳月が、すべてを水に流した。北九州は彼女にとって案外と温かかった。老いた兄の紹介で住み込みの働き口が見つかった。

 今、彼女は長年痛めた足をひきずりながら、小さな食堂の賄方をしている。

 ぽんたがその店の前を通りかかると、どこか懐かしい、何年も忘れ去っていた女のしわがれ声を聞いた。「あらぁ、元気だった?」

 その昔、黒アゲハに通い詰めた客のひとりだったぽんたは、幸子に相当な金を貢いで、ドロンを決め込まれたのだ。今なら家一軒は建つだろう。

 「あのときは、ごめんなさい。いつか誤りたかったのよ」と、悪びれた様子もなく彼女は言った。

 もう、幸子に昔の面影はなかった。だが、名前どおりに幸せに生きてきたのだ、とぽんたは思いたかった。

あの時は俺も若かったのだ。                                おわり